契約・労務・情報の扱い
この部の 2 / 4 章 ・ 全体で 5 / 22 章 ・ 読了目安 25 分
- 受け入れ前に確認すべき労務・契約の項目を挙げられる
- 「何が秘密か」を具体例で伝えられる
- 取り返しのつかない事故を避ける行動をとれる
技術的な失敗は、たいてい取り返しがつきます。 取り返しがつかないのは、こちらの領域です。
- 労働時間の管理を怠り、未払い賃金が発生する
- 学生が本番の個人情報を見られる状態になっている
- 学生が SNS に社内の話を書いてしまう
- 指導のつもりの言動が、ハラスメントとして問題になる
どれも「悪意がなかった」では済みません。 そして受け入れ側が知らなかったことが原因である場合がほとんどです。
以下は日本国内の一般的な考え方を、受け入れ側が知っておくべき範囲でまとめたものです。 法的な助言ではありません。
自社の就業規則・雇用契約・情報セキュリティ規程が常に優先されます。 実際の判断は、必ず人事・法務に確認してください。 迷った時点で相談するのが正解で、それは「面倒をかけること」ではありません。
インターンでも「労働者」である
最も誤解が多いところです。
報酬を払い、業務を指示して働かせているなら、それは労働です。
「研修だから」「勉強させてもらっている立場だから」は、 労働者性の判断には関係ありません。判断されるのは実態です。
□ 業務の指示を受けているか
□ 時間や場所を指定されているか
□ その作業が会社の事業活動そのものか
□ 報酬が労働の対価か
これに該当するなら、労働基準法・最低賃金法が適用されます。
具体的に守るもの
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 最低賃金 | 地域別最低賃金を下回れない |
| 労働時間の記録 | 始業・終業を客観的に記録する義務がある |
| 休憩 | 6時間超で45分、8時間超で60分 |
| 割増賃金 | 残業・深夜(22時〜5時)・休日は割増 |
| 年少者の規制 | 18歳未満は深夜労働が原則禁止 |
学生が自宅で作業する場合、時間の把握が曖昧になりがちです。
「終わらなかったので夜にやっておきました」を放置すると、 指示していない残業が黙認された状態になります。
- 稼働時間の申告方法を最初に決める
- 時間外に作業しないよう明示する
- Slack の深夜の投稿に気づいたら、翌日に必ず声をかける
「本人がやりたがっている」は理由になりません。管理するのは会社の義務です。
無給が許されるのは、実質的に見学・体験であり、 会社の業務に組み込まれていない場合に限られます。
実際に開発タスクを割り当て、成果物を業務で使うなら、 それは労働であり、賃金の支払いが必要です。
判断に迷うなら、有給にするのが最も安全です。
契約と身分を確認する
受け入れる前に、その人がどういう身分で来るのかを把握してください。
| 形態 | 注意点 |
|---|---|
| アルバイト(雇用) | 労働法が全面的に適用される |
| 業務委託 | 指揮命令をすると「偽装請負」になりうる。実態で判断される |
| 大学のインターンシップ(単位) | 大学との協定・報告書が必要なことがある |
| 紹介・派遣経由 | 直接の指示範囲が契約で決まっている |
「雇用手続きが面倒だから業務委託で」は、危険です。
時間や作業手順を細かく指示していれば、 契約書の名前に関わらず雇用とみなされます。 後から未払い残業代や社会保険料を請求されることがあります。
新人・インターンを業務委託にするのは、原則として避けてください。 教える相手に指揮命令をしないのは不可能だからです。
学生固有の確認事項
□ 留学生の場合、在留資格と資格外活動許可(週28時間の上限など)
□ 大学の規程で、アルバイトや守秘義務に制限がないか
□ 学業の予定(試験期間・研究室のコアタイム・実習)
□ 未成年の場合の保護者同意
留学生の週28時間制限は、超えると本人の在留資格に影響します。 これは会社が守らせるべきことです。
秘密情報の扱い
「秘密」を具体的に伝える
NDA に署名させて終わりにしないでください。 学生は、何が秘密なのかを知りません。
□ 顧客名・取引先名
□ 売上・KPI・ユーザー数
□ リリース前の機能
□ 社内のツールやシステムの画面
□ 障害の内容
□ 誰が何を担当しているかの体制
そして、具体的な禁止行為として伝えます。
・SNS への投稿(「今日◯◯社の案件やった」も駄目)
・作業画面のスクリーンショットを外部に出す
・大学のレポート・研究に業務の内容を使う
・生成 AI への社内コードの貼り付け(許可されたツール以外)
学生が SNS に書いてしまうのは、たいてい嬉しいからです。
「インターン初日! ◯◯社でこんなの作ってます」という投稿に、 社内の画面が写り込んでいる——実際によくあります。
だから「言わなくても分かるはず」ではなく、 具体例つきで、初日に伝えてください。 「何なら書いていいか」も併せて伝えると、本人も動きやすくなります。
生成 AI の扱いを明示する
今は必ず取り決めが要ります。
□ 使ってよいツールはどれか(会社契約のもの / 個人アカウントは禁止 など)
□ 貼ってよい情報の範囲(社内コードは可か、顧客データは当然不可)
□ 生成物の扱い(ライセンス・レビューの必須化)
新人は「便利だから」で使います。禁止するかどうかではなく、 どう使うかを決めて伝えるのが受け入れ側の仕事です。
知的財産
□ 業務時間中に書いたコードの権利は誰のものか(就業規則で定めているはず)
□ 大学の研究成果との切り分け(本人の研究を業務に持ち込ませない)
□ OSS へのコントリビュートを許可するか、その手続き
□ ポートフォリオとして公開してよい範囲
学生にとって、成果を外に見せられるかどうかは重要です。 就職活動で使えるからです。
「業務のコードは出せないが、 技術ブログにこの範囲までなら書いてよい」 「この個人プロジェクトは自由に公開してよい」
最初に決めておくと、終了時に揉めません(インターンならではの受け入れ)。
本番データとアクセス権限
新人に本番の個人情報へのアクセスを与えないでください。
□ 開発環境には、マスキング済み・生成データを使う
□ 本番 DB への直接アクセスは、原則として付与しない
□ 必要な場合は、期間限定 + 参照のみ + 監査ログつき
□ 管理画面の権限も最小にする
実際そのとおりですが、それは個人情報を扱う正当な理由にはなりません。
漏洩や誤操作が起きた時、 「新人に権限を与えていた」という事実そのものが問題になります。 本人のキャリアにも傷が残ります。
権限を与えないことは、本人を守ることでもあります。
権限の棚卸し
入る時: 必要最小限を、リストにして付与する
終わる時: そのリストを見ながら、確実に停止する
付与したものをリストにしていないと、停止できません。 そのまま使えるテンプレート集のチェックリストに、この観点を入れてあります。
力関係とハラスメント
受け入れ側と新人の間には、必ず力の差があります。 評価する側であり、仕事を渡す側であり、経験も上です。
その状態では、本人が「嫌だ」と言えません。
□ 人格ではなく行動・成果に言及する(コードレビューの書き方・1on1 とフィードバック)
□ 他人の前で強く叱責しない
□ 業務時間外の連絡を当然としない
□ 飲み会・イベントへの参加を実質的に強制しない
□ 私的な関係(SNS の相互フォロー、個人的な連絡)を求めない
□ 容姿・出身・家庭・恋愛・思想信条に踏み込まない
自分が指導のつもりでも、 受け手がどう感じたかが問題になります。
特に、
- 語気が強い
- 人格に触れる(「なんでそんなことも分からないの」)
- 過去のミスを繰り返し持ち出す
- 「これくらい自分で考えて」と突き放す
これらは指導ではなく、単に相手を萎縮させる行為です。 伝えるべき内容があるなら、事実ベースで、1対1で、静かに伝えられます(1on1 とフィードバック)。
メンターとの関係で困った時、メンターにしか相談先がない状態は危険です。
- メンター以外のチームメンバー
- 人事の担当者
- 社内の相談窓口
受け入れ初日に、これらを本人に伝えてください。 「何かあればここに言えばいい」と知っているだけで、抱え込みが減ります。
何か起きた時
1. 一人で判断しない・一人で対応しない
2. その日のうちに、上長と人事に共有する
3. 事実を記録する(時系列・発言・関係者)
4. 本人の安全と意思を最優先にする
5. 隠さない
「大ごとにしたくない」「本人も気にしていないようだから」という判断が、 最も事態を悪化させます。
情報漏洩でも、ハラスメントでも、労務の問題でも同じです。 早く上げれば対処できたものが、遅れると対処不能になります。
受け入れ側であるあなたが抱え込む必要はまったくありません。
受け入れ前チェックリスト
そのまま使えるテンプレート集のテンプレートに、この観点を足したものです。
契約・労務
□ 雇用形態と契約書の締結が完了している
□ 時給が最低賃金以上である
□ 労働時間の記録方法が決まっており、本人が理解している
□ 時間外・深夜に作業しないことを伝えてある
□ 留学生の場合、在留資格と稼働時間の上限を確認した
□ 未成年の場合、必要な同意を得ている
情報
□ NDA を締結し、「何が秘密か」を具体例つきで説明した
□ SNS・生成 AI・スクリーンショットの扱いを伝えた
□ 付与するアカウントと権限をリスト化した
□ 本番の個人情報にアクセスできない構成になっている
知財・終了時
□ 成果物の権利と、公開してよい範囲を伝えた
□ 終了時の権限停止手順が、付与リストと対応している
体制
□ メンター以外の相談先を、本人に伝えた
学生インターンから「業務時間外に、自宅の個人PCで続きを書いておきます」と言われました。本人はやる気があり、悪意はありません。どう対応すべきでしょうか?
この章のまとめ
- 報酬を払って業務を指示しているなら、それは労働。 最低賃金・労働時間の記録・休憩・割増賃金が適用される
- リモートでの時間外作業を黙認しない。管理は会社の義務
- 新人・インターンを業務委託にしない。指揮命令する相手には雇用契約
- 留学生の在留資格と稼働時間の上限を確認する
- NDA を結ぶだけでなく、何が秘密かを具体例で伝える。 SNS・生成 AI・スクリーンショットまで含める
- 本番の個人情報にアクセスさせない。それは本人を守ることでもある
- 付与した権限をリスト化しておかないと、終了時に停止できない
- 力の差がある以上、「嫌だ」と言えないのが前提。 相談先を複数用意し、初日に伝える
- 何か起きたら、その日のうちに上長と人事へ。隠すと必ず大きくなる
- 判断に迷ったら人事・法務に聞く。それが正しい行動であって、面倒ではない