新人を受け入れる技術
第1部 なぜ投資するのか

最初の3ヶ月で何が決まるか

読了目安 20

この章を読むとできるようになること
  • オンボーディングを「善意」ではなく「投資」として説明できる
  • 立ち上がりが遅れた時に失われるものを具体的に挙げられる
  • 自分のチームの現状を評価する観点を持つ

「受け入れの準備をする時間がない」というのは、ほぼすべての現場で本当のことです。 受け入れが発生するのは、たいてい人が足りていない時期だからです。

それでも準備すべきだと言えるのは、道徳的な理由ではなく、数字が合わないからです。

準備しない場合に何が起きるか

新人が入ってきて、環境構築の手順書が古いままだったとします。

  1. 新人が手順どおりに進めるが、途中で失敗する
  2. 何が悪いのか分からないので、しばらく1人で調べる(半日〜1日
  3. 聞きに来る。あなたが手を止めて調べる(1〜2時間、2人分
  4. 原因は「去年変わった依存関係が手順書に反映されていない」
  5. 手順書は直さないまま、口頭で伝えて終わる
  6. 次の人が入ってきた時、同じことが起きる

ここで失われたのは、新人の1日と、あなたの2時間だけではありません。 6 が繰り返される限り、これは入社のたびに再発する固定費です。

最も高くつくのは「聞けない時間」

上の 2 が「半日」で済んでいるのは、まだ良いケースです。

新人は「こんなことを聞いていいのか」「無能だと思われないか」を気にします。 遠慮の結果、2 が3日になることは珍しくありません。 そして3日詰まった人は、次からもっと聞きにくくなります。悪循環がここで始まります。

立ち上がりの遅れは誰のコストか

「新人が立ち上がるまでは戦力にならないのは当然」という言い方があります。 半分は正しいのですが、コストの所在を見誤らせます。

立ち上がりが遅れた時に発生するコストは、次の3つに分かれます。

コスト誰が払うか見えやすさ
新人が動けない時間本人・チーム見えやすい
受け入れ側の割り込み対応メンター見えにくい
同じ問題が次の人にも起きる将来のチームほぼ見えない

問題は下2つです。メンターの時間は「本来の業務」として計上されないことが多く、 「あの人は最近アウトプットが落ちた」という評価だけが残ることすらあります。

そして3つ目は、誰も痛みを感じないまま蓄積します。 「毎回なぜか最初の2週間が溶ける」というチームは、 たいてい2週間分の課題を毎回作り直しています。

何を投資と考えるか

準備とは、次の3つを「その場しのぎ」から「資産」に変える作業です。

1. 口伝を文書にする

あなたが口頭で説明したことは、その場では最速です。 しかし3人目に同じ説明をしている時点で、文書にした方が安いことは確定しています。

2. 詰まりを検知できるようにする

「困ったら言って」は検知の仕組みではありません。言えない人が詰まるからです。 デイリーの短い確認、分報、ペアプロなど、 本人の勇気に依存しない検知手段を1つは用意します(第3部で扱います)。

3. 最初のタスクを事前に用意しておく

「来てから考える」と、初日はアカウント発行と環境構築だけで終わり、 2日目以降に手持ち無沙汰の時間が生まれます。 この時間は本人の不安に直結します。

投資の規模感

現実的には、受け入れ1回につき半日から1日の準備で、 最初の2週間の詰まりの多くは消えます。

完璧なオンボーディング資料を作る必要はありません。 「初日に手を動かせる状態」を作るだけで、体感は大きく変わります。

受け入れ側が得るもの

ここは軽視されがちですが、受け入れは受け入れ側にも返ってきます。

  • 自分の理解の穴が分かる。説明できないことは、理解していないことです
  • 暗黙知が可視化される。「なぜこうなっているか」を新人は容赦なく聞いてきます
  • ドキュメントが実際に更新される。新人がいる時期だけ、ドキュメントは正確になります
  • チームの前提が見直される。「これ、そもそも要るんですか」は新人にしか言えません

新人の質問は割り込みですが、同時にチームの健康診断でもあります。

自分のチームを測る

現状を評価する時、次の質問が使えます。答えが即座に出ないものが、着手すべき場所です。

  1. 新人が初日にコードを1行変更して動かすまで、何時間かかりますか
  2. 最初の PR がマージされるまで、何日かかりますか
  3. 新人が3日詰まっていた時、あなたはそれに気づけますか
  4. 環境構築ドキュメントを最後に更新したのはいつですか
  5. メンターが休んだ時、新人は誰に聞きますか
1 と 2 は実際に測る

感覚ではなく記録してください。次の受け入れの時に比較でき、 改善したかどうかが分かります。測っていないものは改善しません。

繁忙期に新人を受け入れることになりました。準備に使える時間はごくわずかです。最初に手を付けるべきなのは?

ケーススタディ: 「優秀じゃなかった」インターン

あるチームに来たインターン生が、2週間経ってもほとんど進みませんでした。 チームの評価は「基礎ができていない」でした。

振り返ってわかったことは次のとおりです。

  • 環境構築で3日詰まっていた。Slack に書いたが、チャンネルが人の少ない場所だった
  • 最初のタスクが「既存機能の改修」で、前提となるドメイン知識が大量に必要だった
  • レビューが4日返らず、その間、本人は次に何をしていいか分からなかった
  • メンターは多忙で、1on1 は2週間で1回、15分だけだった

同じ人が、次の配属先では3日で最初の PR をマージしました。 違ったのは本人ではなく、受け入れ側の準備です。

評価を下す前に確認すること

新人が伸びていないと感じた時、それが本人の問題なのか環境の問題なのかは、 切り分けないと分かりません。切り分けの方法は第6部で扱います。

少なくとも、上の4つのような状態を放置したまま 「基礎ができていない」と結論づけるのは、評価ではなく諦めです。

この章のまとめ

  • 準備しないコストは、入社のたびに再発する固定費になる
  • 最も見えにくいコストは、メンターの割り込み時間と、次の人への繰り越し
  • 準備とは、口伝を文書に、詰まりを検知可能に、最初のタスクを事前に用意すること
  • 受け入れ側も、理解の穴と暗黙知の可視化という形で回収できる
  • 現状は感覚ではなく、初日に動かせるまでの時間最初の PR までの日数で測る
読み終わったら記録しておくと、目次で進み具合が分かります。