最初の3ヶ月で何が決まるか
読了目安 20 分
- オンボーディングを「善意」ではなく「投資」として説明できる
- 立ち上がりが遅れた時に失われるものを具体的に挙げられる
- 自分のチームの現状を評価する観点を持つ
「受け入れの準備をする時間がない」というのは、ほぼすべての現場で本当のことです。 受け入れが発生するのは、たいてい人が足りていない時期だからです。
それでも準備すべきだと言えるのは、道徳的な理由ではなく、数字が合わないからです。
準備しない場合に何が起きるか
新人が入ってきて、環境構築の手順書が古いままだったとします。
- 新人が手順どおりに進めるが、途中で失敗する
- 何が悪いのか分からないので、しばらく1人で調べる(半日〜1日)
- 聞きに来る。あなたが手を止めて調べる(1〜2時間、2人分)
- 原因は「去年変わった依存関係が手順書に反映されていない」
- 手順書は直さないまま、口頭で伝えて終わる
- 次の人が入ってきた時、同じことが起きる
ここで失われたのは、新人の1日と、あなたの2時間だけではありません。 6 が繰り返される限り、これは入社のたびに再発する固定費です。
上の 2 が「半日」で済んでいるのは、まだ良いケースです。
新人は「こんなことを聞いていいのか」「無能だと思われないか」を気にします。 遠慮の結果、2 が3日になることは珍しくありません。 そして3日詰まった人は、次からもっと聞きにくくなります。悪循環がここで始まります。
立ち上がりの遅れは誰のコストか
「新人が立ち上がるまでは戦力にならないのは当然」という言い方があります。 半分は正しいのですが、コストの所在を見誤らせます。
立ち上がりが遅れた時に発生するコストは、次の3つに分かれます。
| コスト | 誰が払うか | 見えやすさ |
|---|---|---|
| 新人が動けない時間 | 本人・チーム | 見えやすい |
| 受け入れ側の割り込み対応 | メンター | 見えにくい |
| 同じ問題が次の人にも起きる | 将来のチーム | ほぼ見えない |
問題は下2つです。メンターの時間は「本来の業務」として計上されないことが多く、 「あの人は最近アウトプットが落ちた」という評価だけが残ることすらあります。
そして3つ目は、誰も痛みを感じないまま蓄積します。 「毎回なぜか最初の2週間が溶ける」というチームは、 たいてい2週間分の課題を毎回作り直しています。
何を投資と考えるか
準備とは、次の3つを「その場しのぎ」から「資産」に変える作業です。
1. 口伝を文書にする
あなたが口頭で説明したことは、その場では最速です。 しかし3人目に同じ説明をしている時点で、文書にした方が安いことは確定しています。
2. 詰まりを検知できるようにする
「困ったら言って」は検知の仕組みではありません。言えない人が詰まるからです。 デイリーの短い確認、分報、ペアプロなど、 本人の勇気に依存しない検知手段を1つは用意します(第3部で扱います)。
3. 最初のタスクを事前に用意しておく
「来てから考える」と、初日はアカウント発行と環境構築だけで終わり、 2日目以降に手持ち無沙汰の時間が生まれます。 この時間は本人の不安に直結します。
現実的には、受け入れ1回につき半日から1日の準備で、 最初の2週間の詰まりの多くは消えます。
完璧なオンボーディング資料を作る必要はありません。 「初日に手を動かせる状態」を作るだけで、体感は大きく変わります。
受け入れ側が得るもの
ここは軽視されがちですが、受け入れは受け入れ側にも返ってきます。
- 自分の理解の穴が分かる。説明できないことは、理解していないことです
- 暗黙知が可視化される。「なぜこうなっているか」を新人は容赦なく聞いてきます
- ドキュメントが実際に更新される。新人がいる時期だけ、ドキュメントは正確になります
- チームの前提が見直される。「これ、そもそも要るんですか」は新人にしか言えません
新人の質問は割り込みですが、同時にチームの健康診断でもあります。
自分のチームを測る
現状を評価する時、次の質問が使えます。答えが即座に出ないものが、着手すべき場所です。
- 新人が初日にコードを1行変更して動かすまで、何時間かかりますか
- 最初の PR がマージされるまで、何日かかりますか
- 新人が3日詰まっていた時、あなたはそれに気づけますか
- 環境構築ドキュメントを最後に更新したのはいつですか
- メンターが休んだ時、新人は誰に聞きますか
感覚ではなく記録してください。次の受け入れの時に比較でき、 改善したかどうかが分かります。測っていないものは改善しません。
繁忙期に新人を受け入れることになりました。準備に使える時間はごくわずかです。最初に手を付けるべきなのは?
ケーススタディ: 「優秀じゃなかった」インターン
あるチームに来たインターン生が、2週間経ってもほとんど進みませんでした。 チームの評価は「基礎ができていない」でした。
振り返ってわかったことは次のとおりです。
- 環境構築で3日詰まっていた。Slack に書いたが、チャンネルが人の少ない場所だった
- 最初のタスクが「既存機能の改修」で、前提となるドメイン知識が大量に必要だった
- レビューが4日返らず、その間、本人は次に何をしていいか分からなかった
- メンターは多忙で、1on1 は2週間で1回、15分だけだった
同じ人が、次の配属先では3日で最初の PR をマージしました。 違ったのは本人ではなく、受け入れ側の準備です。
新人が伸びていないと感じた時、それが本人の問題なのか環境の問題なのかは、 切り分けないと分かりません。切り分けの方法は第6部で扱います。
少なくとも、上の4つのような状態を放置したまま 「基礎ができていない」と結論づけるのは、評価ではなく諦めです。
この章のまとめ
- 準備しないコストは、入社のたびに再発する固定費になる
- 最も見えにくいコストは、メンターの割り込み時間と、次の人への繰り越し
- 準備とは、口伝を文書に、詰まりを検知可能に、最初のタスクを事前に用意すること
- 受け入れ側も、理解の穴と暗黙知の可視化という形で回収できる
- 現状は感覚ではなく、初日に動かせるまでの時間と最初の PR までの日数で測る